オンラインレッスンのフリートークを始めた理由は、自分の中国語力があまりに低いことを痛感し、中国人と話すことなしにアウトプットの上達は望めないと思い知ったからでした。

現在も毎日楽しく続けられています。Gチャイナの先生のほとんどは社会人で、仕事の話もできるのが楽しめている理由かも。毎晩誰かとその日感じたこと、あったことを話せるのは、思っていた以上に楽しいことでした。お気に入りの先生は5人に増えました。今では、毎晩私の話に付き合ってくれてありがとう!という気持ちです。

私は長い間、自分のスピーキング力の低さに悩んでいながら、そのためにそれに特化した具体的な手段が何かを考え、行動に起こしたことはありませんでした。生の会話を経ずに、上達する手段はないのだろうかと考え、他の方法を探しては、生の会話から逃げてきました。(留学中は韓国人とばかりつるんでいました。当時、中国人ともっと積極的に交流しなかったことを今は激しく後悔しています)。

1か月近くオンラインレッスンを続けてみて、感じたことはこれ。
「中国人と話すことなしに上達することはない」

一般的に当たり前すぎることです(^^;)
私は今更ながら、腹の底からこのように感じました。まさに腑に落ちる感じです。合点合点!
こうなると何をすれば良いか迷わなくなりました。そして会話することが楽しくなってきます。会話に対する抵抗も次第になくなってきました。

この1か月の心の状態を表すと、こんな感じです。


話す

うまく話せないことを知る。

インプット時の意識が高まる。「もっとがんばろ」

話す

やっぱりうまく話せないことを痛感する。「うぅ、悔しい」。

音読等のインプットにさらに力が入る。

話す

前回よりも少しだけスムーズに話せた気がする。「おっ!」


こうなると、テキストに対する意識も変わってきて、会話の時に迷いなく口から瞬時に出てくるように、暗記するくらい音読したいと思うようになります。ラジオを聞いている時は、「この描写、私だったらまごついて絶対にうまくいえない」と思い、何度も戻して繰り返し聞き、何と言っているか確認したりするようになります。

会話の上手な人はどうやって勉強してきたのだろう?とよく思っていたのですが、今ではわかります。彼らは「中国人と話す」ことを一定量こなしてきて、その過程でインプットにも身を入れて取り組んできたはずです。私が通訳以前に会話レベルに悩むということは、その「一定量」をこなしていないからであり、「おまえが下手なのは当然なのだ!」と、悲しい宣告を受けながらも喜びで飛び上がるような大発見でした。

上手な人たちがやってきた努力をやっていないのだから、私は今からそれに取り組めば良いだけの話なのです(^-^)

長い間、どうしてこんな簡単なことに気が付かなかったのでしょう。

それは、積極的に話す機会を作る、ということから逃げてきたからですよね。
アクションを起こさなければ気づきも生まれません。

ちなみに上手な方に具体的にどんな風に勉強をしてきたか聞いても、あまり具体的なお話を聞けないのは何故なのかなあと思っていたのですが、当たり前すぎることなので、みなさんどう答えてよいかわからなかったのかもしれません。

中国語の運用力がまだまだ十分でない私ですが、会話力アップの取り組みと共に、通訳の仕事はもちろんガツガツ探していきます。強引にレベルアップしなくてはならない状況に自分を追い込めるくらい、仕事を取らねばです。